恋はするものではなく落ちるものだのこと

人事課長(もうほぼ友人といっても過言ではないのだが)との話の際、夏休み引きこもって悠々自適に過ごしていた、という話をしたら「なぜ旅行に行かなかったのか」と問われて言葉に詰まった。私の選択肢カードに旅行がない、それだけであるが、当たり前のように選択肢としてないというのも不思議だとは思う。今の職場もそうなのだが、前の会社でも夏休みが長かった。休めるときに休め、そんな姿勢であり、前の会社にいたころは多忙を極めていたせいもあって休めるときには存分に休んでいた、家で。主にごろごろしたりだらだらしたり、気が向いたら外に出るような生活。慣れ親しんだ夏休みの過ごし方だったので、あれこれ考えてはいたものの結局は家で過ごすのに落ち着いたのだ。旅行は面倒だが面白い趣味だと思う。まあいつかね、などと言っている間に死んでしまいそうではあるが。

二件目、軽い話でもしよう、結婚は考えていないのか、という質問をもらった。話を聞く限り仕事はとても充実して目標もあるが、プライベートはどうなのか、と。プライベート。私の中で一番うすぼんやりした部分である。相手を選ばずに思っていることをすべて話すと訳の分からない叱責を食らうのでだいたいのらりくらりとかわすことにしているのだが、この時は信頼感も相まってか素直に話すことにした。元々結婚願望が薄いこと、子どもは好きだがけしてほしいとは思わないこと、「結婚」を基準に人と出会うことをしないなどを話した。好きな人ができ、その人と付き合い、その上で初めて結婚という選択肢が出てくる、そういう考えで生きている。そのプロセスがない限り結婚はしないし、そういうプロセスを踏めなければ一生涯結婚せずとも良いと思っている。(明日死んでも大丈夫という気持ちで生きているのも大きいし、犬猫を飼いたいので結婚いいなとは思うが、しょせんその程度の「イイネ!」である)たったそれだけの事なのだが時折この考えに異議を申し立てる人がいるので、私としても慎重にならざるを得ない話題だ。そういった部分で信頼がない人には一様に「私自身のやる気がないからじゃないですかねえ」などと適当に言うのだけれど、自分でも意味は分かっていない。やる気ってなんだ。「恋はするものでなく落ちるものだ」と江國香織も言っているというのに。その点でいえばきちんと恋に落ちるし、好きというのが私の中でどういう気持ちかも把握している。流石ロマンチスト。

もっと簡潔であったがそのような話をした。それに対しての感想は一言、「自然だね」であった。素直に話して正解だ、と、思った。