草野マサムネの「正しい街」のこと

椎名林檎がデビュー二十周年ということで、記念作品第一弾の椎名林檎トリビュートアルバム「アダムとイヴの林檎」が五月二十三日発売だと言うことを知った。仕事場で流していたラジオから草野マサムネの歌声が聞こえ、あれ?この曲椎名林檎では?と思って即調べた結果なのだけれど、草野マサムネの「正しい街」に完全にやられた。(そもそもtheウラシマ'sのメンバーからし亀田誠治アベンジャーズなの?って感じだししょっぱなにそれもってこられてどうしたらいいかわからないしそのあとのメンバーと選曲もパンチ力弱めなさすぎてたぶんアルバム聴き終わる頃にはボコボコにされていると思う)草野マサムネの歌声がどうしてこんなにも魅力的に私に届くのかその理由は定かではないのだが、草野マサムネに歌われたらひとたまりもない、と、歌声を聞くたび思う。その人間が椎名林檎の歌を歌っているのだ、もはや魅力の暴力と言っても過言ではない。なにがこんなにすごいのかを考えてみたのだけれど、偏に「穏やかで優しい歌声の草野マサムネが、まったく穏やかでも優しい世界でもない椎名林檎の歌をうたっている」という図式のすさまじさにやられている。

草野マサムネは二〇〇二年に発売された椎名林檎のカバーアルバム「唄ひ手冥利~其の壱~」で、彼女と一緒に「灰色の瞳」をうたっているのだけれど、その時も同じような気持ちになった。私の中で「穏やかで優しい歌声の草野マサムネ」が強すぎる。全曲を聴いているわけではないのだけれど、私の中の草野マサムは素敵な恋人はハチミツを溶かすし明日君がいなきゃ困るし宇宙の風に乗り愛しているの響きだけで強くなる、君のおっぱいを世界一と称える人なのだ。そんな人が「正しい街」を歌っている。どういうつもりでいまあたしのキスをしてくれたのかなとか言っている。そっちこそいまどういうつもりでキスを受け入れてくれたんだ。誤解を恐れずに言えば椎名林檎がそう言っても彼女の気持ちや思惑や打算的な部分をなんとなくではあるにしても推し量れる。彼女の作り出す世界観はそれを良しとする世界観だという印象だからだ、だが草野マサムネは違う。どういうつもりなんだ。なにが正しいんだ。いったいなんでキスしちゃったんだ……

 

視聴聴いただけでこの様である。発売がものすごく楽しみだなあ。ところで私立恵比寿中学に「自由への道連れ」、井上陽水に「カーネーション」を歌わせるの秀逸では。あと普通にレキシとRHYMESTERが楽しみ。