働くこと

「起業しましょうよ」と、以前知り合った人にかなり強く言われ、半ば強引に師匠を紹介され、だいぶ疲弊した記憶がある。結局はその人自身に信頼がおけずなんとか距離を置いて疎遠になったのだが、私自身の性格を鑑みるに、起業には、向かないだろうな。

 

しかしながらガッツが凄かった。一時期勧められるがままにビジネス書を読んでいたがけっこう面白いものだね、それは単に私が読書が好きなだけだったのだけれど。しかし読み終わるごとに内容についての見解を求められ、なんとなく答えてはいたものの、内心だいぶ面倒だったことは否めない。結果あれでこいつはいけると思われていたんだろうなと、今になって思う。その頃の私は呑気に、この人はよほどこの本が好きなんだろうなあと思っていただけだったのだが。(ちなみに絶対に読んでほしいと言われた本はものすごく肌に合わなかった、目の前でこき下ろすことも憚られたため、上澄みの感想だけ答えたなあ)

 

働き方はいろいろあれど、私は組織に属するのが好きだ。性に合っている、というか、私の考える「人間としての暮らし」は、組織に属することで叶えられていると思う。

そもそも社会人のスタートがフリーランスだった。無策も無策だが、私の憧れの職業はそれで叶った。もろもろ省くが基本的に働くのが好きだったため、あっという間にワーカーホリック。それが原因で体を壊し一年ほど寝たきり生活をしていたのだ。二十代前半で寝たきりはなかなか精神的にきつかったのを覚えている。まあ、寝たきり生活など、いくつになってもきついとは思うが。

今も働くのは好きだ。だがそれを軽く通り越して働きすぎる癖がある。特に私が一番望んでいた仕事では顕著に。だとしたら、ある程度縛りがあるほうが「人間としての暮らし」を営めるよなあと思い、一番望んでいた仕事は終わりだと見切りをつけた次第である。とにかくもう静かで穏やかに暮らしたい。

それに加減をするのが不得意な人間なのだ、働きすぎることもあるし、逆に働かなさすぎることだって可能性としては大きい。それはだいぶまずい。

ある程度働いて、息抜きに映画を観て、休日を自由に、詩などを書きながらすごし、通勤時間に本を読んで、花鳥風月や美術品にふれ、ファッションを楽しみ、慎み深く暮らしたい。そういったものを圧迫してまでやりたいことなど私にはもうないのだ、たぶん。たぶんね。

 

「起業しましょうよ」といってきた人を悪人だとは思わなかった。どう考えても気が合わないのは間違いなかったが、向こうはそう思わなかったようで、あれこれ熱心に話してくれた。教えてもらった本は面白いものも多かったし、実際頭がいい人ではあった。が、本当に単純に、信頼できなかった。(あと師匠が生まれ変わっても相容れない存在だったというのも大きいのだけれど、ごめん)

疎遠になったが、あの人が起業して満足のいく生き方をしてくれたらいいとおもう。