安心のこと

悩みにプラスして失恋もしていたので、バレンタインなど来年までみたくもないという気持ちなのだが、ありがたい事にバレンタインは来年までこない。

ホワイトデーはバレンタインに職場の方から頂いたので、どちらかといえばお返しを何にしようかなどと考えて買っていたら過ぎ去った。

あとはどうにも身体が痛く、マッサージ屋に行ったら親なのかと勘違いするほど馴れ馴れしく身体を触るおばさんにシャチホコのようなポーズをとらされ、だいぶ困惑した。

ちょっと失礼しますと一言入れてくれたのはいいのだが、ちょっと失礼しますで済むようなポーズではないのだけれど。

 

そうこうしている内に三月も下旬で、大半の時間を自分と向き合ったりケアに費やしていたわけなのだが。方法は様々あり、試行錯誤を繰り返しつつも心細く感じる局面はいつくもあった。

心細くなる際、私はいつも百合ちゃんを思い出す。

 

百合ちゃんとは、伊坂幸太郎のデビュー作「オーデュボンの祈り」に出てくる、郵便局員・草薙の奥さんだ。

諸々のストーリーなどは省くが、百合ちゃんは「死に行く人の手を握る」ことを仕事にしている。看護師でも医者でもなく、彼女はただ、死に行く人の手を握ってやる、ひとりの女性なのだ。

初めてこの話を読み、百合ちゃんを知った際、ずいぶんと衝撃を受けた。

あまりにも、優しい。

 

私は手を繋いで歩くという行為が苦手で仕方がなく、とてもじゃないができない。けれど、手を繋ぐというのが、どれほど安心するかは知っている。

どちらかと言えば孤独を愛する考える葦なので、頭の中は常に忙しなく、身体を置いて思考の世界へ没頭する。(まったく精神衛生上よくないので、バランスを取るためにも何かしら運動をすべき)

そのため、言葉よりも他人(家族でも可、というより、自分以外)の体温にひどく安心を覚える。

ここでやはり動物を飼えば安心の永久機関になってくれそうだなと思いつつ、そんな事をしたら私は人との交流を一切絶ちそうなので踏ん切りはつかないのだけれども。

 

「オーデュボンの祈り」では、主人公の伊藤が、草薙が百合ちゃんの仕事を話すとなぜそのような事をするのか、そんなような事を尋ねる。

それに対し草薙は「死んでいく人にできることってそれくらいじゃないですか」と答える。

安心とは案外、そんなようなものなのだ。