敬意のこと

先日友人たちと三人で飲んだ際「他人への敬意」という話をした。(様々な場面で出てくるが、この時は「人に物を頼む際」に必要な「敬意」の部分である)

話しているうちに、一人の態度は、とてもじゃないが「人に物を頼む態度」ではない、と言うのが、私ともう一人の友人の感じたことだった。

それは失礼だと言う事と、今後も同じことをするならば友人の評価に影響するだろうと思い、良くない部分をだいぶ丁寧に話したのだが、まったく伝わらなかった。

「嫌ならば断ればいい」というのが、相手の主張だった。

なるほど。

人と向き合い、まともに話すと言うことを放棄してくると、こうなるのだなぁと、ただただ感心した。

そしてやはり、人に物を頼む際に「嫌ならば断ればいい」というような態度でいるのは、どうなのだろうか?と、私ともう一人の友人は首を傾げたのだった。

 

「嫌ならば断ればいい」というのはまさしくその通りなのだけれど、何かが違うなぁと思って帰り道、ぼんやりと考えていたが、ふと、「その気持ちを頼む側が持っている状態で相手に物を頼んじゃダメだろ」いう考えに行き着いた。

いやダメだろう、そんな気持ちで物を頼んじゃ。

twitterでよく見る「好き勝手呟くから、見たくないtweetはミュートするなりブロックするなりして自衛しろ」という理論と同じことだ。

それはtwitterなどのあくまでSNS上でのみ活用できる理論であって、実生活、とくに対面関係においてはアウトすぎる。

その友人とは知り合ってから五年以上経ちその間に何度か対人関係のトラブルに見舞われているのだが、なるほど、学んでいない。おそらく問題があった際相手側の非(相手にもかなり問題はあったのは事実なのだけれど、だけれど…)だと思っているのだろうなあとしみじみ感じた。

何が悪いかわからないから言えというので「よくない部分は、態度。どう見えるかというと、かなり上から目線で自分勝手だ」と極力ストレートに伝えたのだが、結局わかっていなかった。(というのも、自分の発言でどこが自分勝手なのか指摘しろとまで言ってきたのだが、内心「それだよ!」と思いつつ、言ってもわからんだろうなあ…で黙っていた)

もう一人の友人は「態度を改められないのであれば、そういう気持ちを一切透けさせないように演技をしないとダメ、じゃないと透けてみえる」と言っていたが、やはり「敬意を払っていない」というのは透けて見えるよなあ。

さらに「敬意を払っていない」態度の人間に「敬意を払う」の意味を説明するのは難しいなあと、思った。

(一連の話だが、まずいなと思って注意をしたのち、本人から一応改めたいとは思っている、というので長々と話したというのに最終的に反省したって意味ないじゃん?という答えが返ってきたので、もう今後存分に揉めてもらったら、いいんじゃないかな)

 

あとこのことに関して考えるにおいて、シロクマ先生のお話はわかりやすくて、改めて好きだなあと感じました。

p-shirokuma.hatenadiary.com

p-shirokuma.hatenadiary.com