自己否定のこと

毎晩夜になると律儀に落ち込んでいるついでに、自分がなぜこうも「自己否定」が激しいのか?を考えていたので、整理を兼ねて書こうと思う。

はっきりと言えるのは、楽しくはない話ってことと、二十三くらいの時に病気をして一年ほど寝たきりになり、その後何とか復帰したものの二十五歳の仕事を境に自己否定が半端なくなったということだ。

ちなみにそれ以前の私がどうだったかは、もうよく覚えていないし、というか今昼間は元気で夜は落ち込むって二面性、キャッツ・アイみたいだなと昼間の私は呑気に考えている。

 

二十五歳の時、私は仕事でだいぶ劣悪な環境にいた。(業界を聞けばあぁそりゃ劣悪……と一発でわかる職種)

当時の私はあまりにも仕事ができなかった。仕事ができない理由はさまざまあると思うが、さほど向いていなかったことと、また睡眠時間が極端になかったことが、主な原因だと思う。

百パーセント向いていなかった訳ではないのだが、それを睡眠不足からくる頭の働かなさが煽って、見事に私を仕事ができない人間に進化させた。

それにプラスして、私の周囲には悪意のある人間しかいなかった。

いくら頭が働かないとはいえ仕事をしなくてはならない、毎日必死に頭を働かせ、必死に励んだが、当たり前だがうまくはいかない。寝ていないというのはこんなにも悪影響を及ぼすのだと、その時身をもって経験した。

元来どちらかといえば真面目な性格である故励んだ、が、必死でなにしようがうまくいかない。上司に怒られ、蹴飛ばされる。それでもがんばるしかない。うまくいかない。全員の前で怒られ、頭を下げる。泣くのは間違いであるし、暗い顔をするのもおかしい、なるべく周りには笑顔を絶やさず接していた。

さて、そんな私をみて、周囲の人間はどうやら私を「ヒエラルキーの最下位」とみなした。(そもそもこの発想が私には謎だが)

端的にまとめると「仕事ができない上にヘラヘラ笑って何を言われても平気な人間」と思われたらしく、文字通りそういった扱いを受けた。不思議なもので、悪意というのは向けられるとものすごくわかりやすい。

とはいえ当然理解はできない、眠っていない、休みもなく、家にも帰れず、常にストレスに晒されている状態の私がとれるのは自己防衛のみで、しかも「私には価値がないから、なにを言われてもされても仕方がない」という自己否定を肯定することによるものだった。

今なら普通にわかるのだが、この方法は下策も下策である。

しかし当時の私にはこれしかなかった。誰一人味方がいるわけでもなく、あがいたところでエスカレートするのみで、とにかく孤立無援。

私は全員の悪意に晒されながら、仕事を続けた。

毎朝、終了間際の銭湯に行った際に与えられる一時間のみが、私の唯一の自由時間だった。風呂に入り、身支度を整え、一人で休憩室の椅子に座り、泣いた。

毎朝、唯一の自由時間は、私にとって泣きながら周囲の死を願うような、地獄のような気持ちになる時間だった。

 

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