平和のこと

タイトルが壮大。

 

どちらかと言えば他人の弱点や失敗には寛大なのだが、自分の弱点や失敗に異常に厳しい性質を持っている。

そのため落ち込んだり悩んだりした際の「自己否定力」が半端ない。私を真っ先に否定し、糾弾するのは間違いなく私自身だ。

 

当然ながらそれを続けていたら自決以外の道がないので、その際は友人たちに頼ることにしている。

恥ずかしながら自分に自信がなく、今私が思っている感情は人としておかしいものではないのかと、私がこれからやろうと、こうしていきたいという希望は、はたして他人からどう映るのか、それをどうしても聞いて、意見してもらいたいのだ。

自分の弱い部分をさらけ出すのは非常に恥ずかしいことだが、自決するよりましである。

なにせ死ぬと決めたら完遂するほどの覚悟もあるからだ。

 

幸いにして私の友人たちはみな、人として尊敬できる人ばかりなので、肯定も否定も聞き、なるほどそう見えるのかと、安心したり考えを改めたりする。

そして私は友人たちから受けた恩に感謝して報いて生きようと強く誓ったりするのだが、ここまで書いて、私の話なのか忠節の武士の話なのかよくわからなくなってきた。

 

前置きが長くなったが、自己否定の風に晒され悩みに悩んでいたので、私の知る限り一番平和な人間に会ってきた。

釈迦一歩手前では?と思うほど、穏やかで平和を具現化したような人間である。

このような人になりたいものだと思いながら、ぽつりぽつりと長い時間話を聞いてもらい、さらに意見までもらった。

真摯に受け止め、今後に活かして行こう……と思うとともに、何があってもこの人の味方であろうと感謝した。

 

感謝ついでにありのままにそう伝えると、かるーく笑いながら「ぜひお願いします」と言ったので、是が非でもと、私の中の武士は頷いた日曜日だった。