ピアノジャズのこと

先週末に、前の会社からお世話になっている方から声をかけていただき、「東京コットンクラブ」へピアノジャズのライブを聴きに行った。

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ジャズは聴かないこともないのだけれど、それほど明るくなく、ましてやそのような場に赴いたことなどなかったのでだいぶ恐縮した気持ちでいそいそとついて行った。

年齢層は高めで、会場の雰囲気も抜群に素晴らしく、急に自分が大人になったかのような気分になる。ここでお酒が飲めたらどれほどかっこよかっただろうかと思いながら飲んだノンアルコールのシードルも、実に美味しかった。

 

で、どうだったかというと、最高だった。

すべてのピアノジャズがそうであるかはわからないが、フレッド・ハーシュ先生の曲は、どれもこれもが映画のようなストーリー性があり、それを静かに、穏やかに、聞かせてくれているかのような情緒があった。

私がよく聞くロックは、いわゆる「特定の場面」について感情的に語りかけてくる、という趣がある。ふだんロックばかり聞いている私にはその対比が面白く、こんなに違うものなのかと、感動すら覚えた。

その後ロビーでサイン会も行っており、コースターの裏にサインと、写真も撮ってきたのだが、間近でみるご本人は驚くほど細く繊細な人で、さらに感動した。

そのうえとても紳士的だった。

 

連れて行ってくださった方に、誘っていただいたことを何度も感謝し、その後は前の会社の話を外のベンチに腰掛け、零時過ぎまで熱く語ったくらいには高揚していた。

はたから聞くと「座敷童がいなくなった後の家」かのような崩壊の気配を感じさせるほど、前の会社の状態は悪くなっているような気がした。

しかし話は愚痴というより、前向きな決意と、そのことに対しての冷静な考えで、私はそれに対してのアドバイスというにはおこがましい、けれど何か助けになればというかすかな思いを口にして熱くなっていたわけなのだが。

原因はずっと同じところにあって、それがようやく表面化してきただけなのだ、そしてそれをどうにかするのは、中にいる人間だけなのだ。

そう思うと、私にできることなど何もないが、せめて少しでもよくなりますようにと祈る。

ピアノ曲でいうなら、映画でいうなら、まだ、起承転結の、承と転の、間ぐらいだろうから。