整理整頓のこと

バタバタとしていたこともあり、部屋が雑然としていたので片づけた。ついでにもう少し踏み込んで整理整頓を行うかと行動に移したのは先週末の話だ。片づけは好きなのだがどうにも整理整頓下手で、そのために極力持ち物を少なくしているところがある。(とはいえ、少なくしたとしても結局は整理整頓しなければ雑然とするのだけれど)銀行の書類だとか生命保険の書類だとか、とにかく書類系の整理に手間取った。収めるべき場所にしまいこんだがどうにも使い勝手が悪い。アイディアの限界だ。先人の知恵をお借りしようとGoogleで「書類 整理 100均」などと打込みいくつかみている最中である。ついでに、と言わんばかりに部屋の片づけのアイディアものぞいてみたが、世の中に多くの整理整頓上手がいて驚くばかりだ。(その上発信してくれてありがたい)ひと段落ついたので、そういったアイディアを拝借しつつちょこちょこと部屋の整理整頓と処分に励んでいきたいと思う。ある程度片付いていれば年末の大掃除も楽でいい。とにかくもう少し部屋の収納を機能的にしていきたい。

スーパーヒーローではないこと

自分でも驚くほど頑張らなくなった。いい意味で。スーパーヒーローじゃないんだから、命がけで戦う必要も、何かを守る必要もない。もう無理だなぁと思ったら休むし(さすがに休む際はいろいろ調整するけれど)、それでもダメで限界だったらとにかく逃げる。逃げていい。そう思うようになってからというもの、地獄の底にたどり着くほど落ち込まなくなったし、自分への自己否定もしなくなった。引くほど疲れて死にたくなることはまだ多いが、それを軽減していけば、死にたがりも治るような気がする、たぶん。たぶん、そのことに関してはあまり自信ないのだけれど。

自立、という言葉を使うなら、私はまだ自立の練習中のようなものである。何を以て「自立」とするかは定義も様々で、人それぞれだろうけれど、私にとっての自立は「自分の感情をコントロールする」である。コントロールとすると大げさになるが、要は振り回されないというような意味だ。私はこれがめちゃくちゃに下手、だった。だったというのは、以前よりずっと、上手になったからなのだけれど、正直まだまだだとは思う。(引くほど疲れるのは、まだ少し振り回されているからだ、と推測、今のところある程度の対処方法で乗り切っているけれど)コツはどうだとか、そういったテクニック的なことは私にはまだ説明できないのだけれど、冒頭でも書いた通り、とにかく頑張らなくなったのが大きいと思う。スーパーヒーローじゃないんだから。つらい!と思っていると感じたときに、そう考える。スーパーヒーローじゃないんだから、別に、私ばかり周りに優しい必要なんてどこにもないじゃないか、冗談じゃないぜ。

疲れ切ってもう無理だなと思っているときはもちろん辛いわけなのだが、まぁでもちゃんと対処方法考えて、期限を決めてちゃんと復活できているので今のところはよし。引くほど疲れなくなった暁には、いやあ自立しちゃったなぁと、にやにやした顔で過ごそうと思う。

忘れること

転職してからそろそろ一年経つ。一年目はいつでもどこでも苛立ちしかないものなのでまあこんなものかと思っている。雲行きが怪しい部分もあるが、とりあえずできる事は限られており、その中でどうにかしよう…と頭を抱えるばかりである。また一年経っても赤ん坊営業は赤ん坊であることだけはよくわかった。もうとにかく、うまい扱い方を心得るしかない。あとは私の目標に向かって努力するのみと言い聞かせている、自分に。努力であれば得意分野である。しかしなんだこの営業。永遠に無垢か。

話変わり先週末から今週頭にかけて、人見知りを盛大にこじらせ、てんやわんやの大騒ぎだった。それに加え自律神経の乱れによる急な強い眩暈を引き起こしており、簡単に言うとストレスフルな状態だったためてんやわんやの大騒ぎはほとんど祭りだった。(関係ないが眩暈が頻繁に起こるため怖くなって初めてめまい外来にかかったのだが、原因は自律神経の乱れだから養生しろという結論で、そんなことより血圧が低すぎる方があれらしい)悪いことは重なるもの、仕事のほうに支障も少なかったので祭り自体はさほど気にしていないのだが、人見知りはきつい。何がきついって、初めて会う人ではなく、なんだったら以前一緒に働いていた人たちに対して人見知りが爆発したからである。カッコつけマンであるためその時は私の中の愛想をフル稼働させやり過ごしたのだが、内心それどころではない。全然穏やかじゃない。別段攻撃的な人種たちというわけではないのだが、私はもうすっかり、どういう顔をしてどういうテンションでこの人たちと過ごしていたか、忘れてしまっていた。全く思い出せない。もうほとんどはじめましての気持ち。笑えるくらいに思い出せなかったのだが、実際問題一ミリも笑えない。忘れてしまうという事は、もう縁がないということだ。少なくとも、私の中で。私に縁を結ぶ気があれば覚えている。覚えていないのは、そういうことなのだ。それがあんまりにも薄情に思えて、帰り道は憔悴しきっていた。

というようなことがここ最近度重なり、結果先週末をきっかけにお祭り騒ぎに突入した激動の数日だった。台風も来るし。(というか台風ならまた来るし)深刻な性格をしているせいで日々が重ために過ぎていくのだが、そろそろ明るい話がしたい。

人が良いこと

半年ぶりに会った友人の人が良すぎる部分に驚いた。もろもろ省くが簡潔にまとめると「自社のよく知らない相手(他部署)に不愉快な思いをさせられた、それからすごく苦手になったが、よく知らない相手なのにたったそれだけのことで苦手やら嫌いやらという感情を持つのは心が狭い気がしてならない。」というものだった。以前の自分をみているようで人が良いとこうなるのかと思うと些かぞっとするのだけれど、不愉快なことをされて苦手になるなど、自然なことではないか。思わず「そりゃそうじゃ!」とオーキド博士のような反応をしかけた。危ない。突然のオーキド博士は些か空気にそぐわない。

これがたとえば、「相手に不愉快なことされた、腹の虫がおさまらない、仕返ししないと気が済まない。」といった類の話であれば、秒もおかずにやめろと言う。不愉快なことをされたからといって仕返しするのは違う。それは道理に合わないからよせと。しかしそんな話ではなく、ただ単に不愉快なことをされ苦手(いっそ嫌い)になった、という話は特別おかしくない。心は狭くない、自然なこと、と伝えたが、あまり納得はしていなかった。うーん。そうかあ。私はどういう経緯でいい意味で開き直れたのだったかなあと考えたが、残念なことに私の頭はすっかり忘れてしまっている。ただどこかの段階で(クリスチャンの方には申し訳ないが)「隣人を愛さねばならない、なんてことはぜったいに無い。」と思い至ったわけなのだけれど、それが何きっかけだったか、今となってはもうどうでもいいのか、忘れた。案外納豆食べながらとか、そんな程度だったと思うが。

「新しいことをはじめてもうまくいかない。」「世の中生きにくい。」と言う友人は間違いなく死んだ目をしていたのだけれど、まったくだと、簡素な言葉でその話題を終えた。新しいことをすれば何事もうまく回るなんてことは幻想だし、そもそも世の中は生きにくいのだ。とはいえ、何を言ってもネガティブな返答がかえってくる状態だったので、私は黙っていたけれど。

おばあちゃんのこと

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

全員二親等の関係であるが、私が特に親しんでいた母方の祖母が亡くなって、もう三年ほどになる。近所に住んでいた母方の祖母は東京生まれ東京育ちのお嬢様で、性格だけでいえば大変わがままな部類に入る。人生で欲しい物トップ3はダイヤと毛皮と別荘で、うちダイヤ以外は祖父からもらっていた。(最後の一つまで貰うと寿命が縮みそうという謎の理論でダイヤはもらわなかったようなのだけれど)小学生のころは祖父母に連れられ那須塩原にあった別荘へ夏休みに遊びに行った記憶がある。山奥でなにもなく、祖父母が小学校の教員だった事もあり、宿題がはかどる夏休みだった。

そんな母方の祖父は祖母よりも二年ほど前に亡くなっており、その時から何かと言えば祖母の要望をきくのは、身近で一番暇を持て余していた私になっていた。祖父が毎月欠かさずかえていた床の間の掛け軸も、祖父が遺したメモを頼りに私の役目となり、月初めに必ず祖母から「いつお軸を替えにきてもらえますか?」という連絡を貰う。組み立て式のラックを買えば「組み立ててほしい」という連絡を貰い、パソコン操作に不安を覚えれば「教えてほしい」という連絡を貰い、買い物があれば「ついてきてほしい」という連絡を貰い、その度にいそいそと出向いていた。どれもこれも嫌ではなかった。祖母のことは好きだったし、幸いにして私はラックの組み立てもパソコン操作も買い物も得意であった。

また祖母のことを思い出すと必ず、展覧会のことを思い出す。詳しくは知らないのだが、町内の同世代の方々と一緒に作品をこしらえ展覧会を催していたらしい。祖父母はともに書を嗜んでいたため祖母も書を出品していたのだが、ある時趣向を凝らし、ちぎり絵もしくはクラフトテープや針金で作るフェイクの盆栽を展示する話になった。それぞれのメンバーがちぎり絵もしくはフェイクの盆栽作りとなる中、どういうわけか祖母は両方作る事になったらしい。経緯はわからなかったが彼女の態度を鑑みるに不本意でしかなく、私にこぼしていたのを覚えている。そして驚きのセリフ「私はちぎり絵を作るから、あなたは盆栽を作ってほしいの。」一瞬耳を疑ったが、かくして私も祖母のゴーストクリエイターとして展覧会に参加することとなった。作り方の手順だけ祖母は仲間内での作業の際に覚え、それを後日私に伝える。その後のパーツ作りからせっせと盆栽づくりに励む私。仲間内で作業する場合のみ、パーツを作る祖母。そして再び驚きのセリフ「あなた器用でしょ?バレたら困るし周りにできるじゃないって思われても面倒なの、ちょうどいい具合に下手に作るのよ」おばあ様、無茶を言いなさる。その後四苦八苦しながら作り上げた盆栽を、祖母は何食わぬ顔をして展覧会へ持って行き「バレなかったわ」と清々しい笑顔で教えてくれた。作業期間中はなんてめんどくさいことを引き受けてしまったのだと思っていたが、今思い出しても、なかなか楽しい思い出である。

恋はするものではなく落ちるものだのこと

人事課長(もうほぼ友人といっても過言ではないのだが)との話の際、夏休み引きこもって悠々自適に過ごしていた、という話をしたら「なぜ旅行に行かなかったのか」と問われて言葉に詰まった。私の選択肢カードに旅行がない、それだけであるが、当たり前のように選択肢としてないというのも不思議だとは思う。今の職場もそうなのだが、前の会社でも夏休みが長かった。休めるときに休め、そんな姿勢であり、前の会社にいたころは多忙を極めていたせいもあって休めるときには存分に休んでいた、家で。主にごろごろしたりだらだらしたり、気が向いたら外に出るような生活。慣れ親しんだ夏休みの過ごし方だったので、あれこれ考えてはいたものの結局は家で過ごすのに落ち着いたのだ。旅行は面倒だが面白い趣味だと思う。まあいつかね、などと言っている間に死んでしまいそうではあるが。

二件目、軽い話でもしよう、結婚は考えていないのか、という質問をもらった。話を聞く限り仕事はとても充実して目標もあるが、プライベートはどうなのか、と。プライベート。私の中で一番うすぼんやりした部分である。相手を選ばずに思っていることをすべて話すと訳の分からない叱責を食らうのでだいたいのらりくらりとかわすことにしているのだが、この時は信頼感も相まってか素直に話すことにした。元々結婚願望が薄いこと、子どもは好きだがけしてほしいとは思わないこと、「結婚」を基準に人と出会うことをしないなどを話した。好きな人ができ、その人と付き合い、その上で初めて結婚という選択肢が出てくる、そういう考えで生きている。そのプロセスがない限り結婚はしないし、そういうプロセスを踏めなければ一生涯結婚せずとも良いと思っている。(明日死んでも大丈夫という気持ちで生きているのも大きいし、犬猫を飼いたいので結婚いいなとは思うが、しょせんその程度の「イイネ!」である)たったそれだけの事なのだが時折この考えに異議を申し立てる人がいるので、私としても慎重にならざるを得ない話題だ。そういった部分で信頼がない人には一様に「私自身のやる気がないからじゃないですかねえ」などと適当に言うのだけれど、自分でも意味は分かっていない。やる気ってなんだ。「恋はするものでなく落ちるものだ」と江國香織も言っているというのに。その点でいえばきちんと恋に落ちるし、好きというのが私の中でどういう気持ちかも把握している。流石ロマンチスト。

もっと簡潔であったがそのような話をした。それに対しての感想は一言、「自然だね」であった。素直に話して正解だ、と、思った。

話のこと

先週の金曜夜、久しぶりに会う友人たちと日付が変わるころまで騒いでいた。関係ないが固有名詞を取っ払い「友人」と一括りにして記すと、文字上では誰が誰やらさっぱり区別がつかない。誰が誰やらと言えるほど、「友人」と呼べる存在がいるのだと思うとありがたいものである。私は人数が多ければ多いほど黙る習性があるのだけれど、例に漏れずこの時も口数は少なかった。話すのは嫌いではないのだけれど、どちらかといえば相手の話を聞くのが好きだし、演説でもない限り対人数を相手にするのはあまり得意ではない。それでも近況を交えそれぞれがそれぞれに喋り時間があっという間に過ぎて行った。(私の個人的ハイライトは近しいところで気管支炎なのが少々情けない)誰も仕事の話はしなかった。それはとてもいいことでもあるが、何だか落ち着かない気持ちにすらなったのは、私の頭の中の大半を仕事が占めているからだと思う。話したかったわけではないし、それ以外の話がたくさんあるにこしたことはない。それなのに少し落ち着かない。わがままなことである。

 一転して昨夜は人事課長とは仕事の話か映画の話で盛り上がった。仕事の話は上半期に行っていたロビー活動、それに伴う今現在の活動状況など、そういったことを報告がてら話した。アフリカ料理を食べながら。評価をもらいたいという腹積もりだったが、端的にまとめると「良」という事らしく、ほっと胸をなでおろす。少なくともやりたいことが明確にあり、それを主張する手段としては間違っていなかったようだ。口に出さなければいけない事は口に出す。いつか聞いた方法は、やはり正しい。そしてアフリカ料理は実に美味しい。今はただ上半期の努力が実るよう祈るばかりである。(実らなければまた策を講じなくてはいけないので、それはとてもめんどくさいのが本音)