電車でのこと

電車の中で会社経営をされている老人に声を掛けられた。

そう書くと異常にドラマチックに感じるが、実際は電車内で空いた席を譲り合い結局老人の「膝に水が溜まっている、座ると痛いからどうぞ。」という言葉に私が従った結果そのまま彼が下車するまで会話をすることとなった経緯がある。具体的に書くと長いのでざっくり割愛すると声を掛けられた、やや語弊があるのだけれど。

それはいいとして彼が下車するまでの十五分だか二十分だかそこら、私は彼の話を真摯に聞くマシーンと化していた。嫌だとは思わなかった。ただ通勤時に日課にしている映画の続きを観ようと思っていたので、それがなくなったな、とだけ思った。そしてその数十分の時間で彼は「通院のためにタクシーより電車を使うよう医者に言われていること」「百点以外はテストでとったことがないこと」「二十前半で特許を取ったこと」「医者になるよう言われたがエジソンになることを目指したこと」「二十数名の会社の社長であること」「社員へのボーナスは年二回でそれぞれ五ヶ月分、臨時は三ヶ月分であること」「億単位の資産を持っていること」「入社試験が難しく頭のいい人間しか入社させないこと」「これからアメリカのお客さんと会うこと」などをひとしきり話し「また会ったら飲もう。」と言って下車していった。短時間にずいぶんとたくさんの情報をぶち込まれたものだ、おかげさまで私の中で名も知らない老人のwikiがかるく完成した。

興味深かったのはお給料の話だった。たくさん働いてもらいたいからたくさん出す、という実にシンプルな話が私は好きだなと思った。実際どうだとかは私には関係のない話だが。たくさん、というのがどれほどか個人の感覚になるのだけれど、少なくとも彼の言い分ではやめた社員はいないという。ボーナスの話から考えても、お給料の面で不満はなかったようだ。それに加えて頭のいい人間しかいれないという点、なるほど、彼は少数精鋭部隊を作ることができたのだと思った。それが素直にうらやましいと、そう思った。少数精鋭部隊が作れたのなら、それは実に、いいことだ。

歳が歳ということもあり(なにぶん社員も彼と同年代が多く、子供はいないそうだ)会社を売ると言っていた。売ったら億単位の総資産がまた増えるけど、何に使ったらいいかわからないとも。ぜいたくな悩みですね、と、私は笑ってかえした。

最近のこと十五

時々喋るのが億劫になるのはたいしたことではないと、思っている。日曜日の朝九時過ぎ、起き抜けにお気に入りのスタバまで足を運んだ。そこで店員さんと注文のやり取りをしたのち、今日はもう他人とは喋らなくて大丈夫、と、自分で決めた。買い物をして帰るつもりだったが、もう他人とは喋りたくなかった。かといって家族ともあまりしゃべる気にはならなかったが、もともと妹以外とは会話するほうではないので、それはまぁいつも通り。おかげで両親からは妹がいないと生きていけない人間だと思われている。うーん。違う。違うのだが、弁解するのもなんだかばかばかしいのでそのままにしておく。今のところ存在の有無で私を殺せるのは、iPadしかないのだけれど。そのあとは家でひたすら黙って気ままに過ごした。これもまぁいつも通り。頭の中にはたくさんの言葉があるけれど、そのどれもが口まで下りてはこない。黙っているのが好きでもおしゃべりが嫌いなわけでもないのだけれど、もともとそういう風にできているのだと思う。たぶんね。

キレ散らかした年末からどうにも調子が悪い。近々また本社に行く用事があり、その時に会わなければいけないかと思うと気が重く、それに伴いあらゆることが億劫になっている。とにかく話すのが嫌なのだがそうも言っていられない。大人なんだから、社会人なんだからと、頭の中で声がしている。世の中にはまともな人間なんて、ほとんどいないというのに。理不尽理不尽。今すぐ全部投げ出して猫になりたい。

そのほかでいえば誕生日を迎えた。だからといってなにか目新しいことも、抱負などもないのだけれど、油断すると財布の中身が三百円しかないなどといううっかりが多発する人間なので、そこはなんというか、改善していきたい。

怒りで目が眩んだこと

年末にキレ散らかしていた記憶が苦々しい。すでに過ぎたことではあるが、キレ散らかした対象は今後の仕事に大いに関係する事もあり、考えると暗くどんよりとした気持ちになる。あまりのことに、その日一晩は頭が沸騰して怒りで目が眩んでいたほど。翌朝には落ち着き、何が一番嫌だったのかを冷静に判断することができたが、それでも腹の底にどろりとした不快感は十分に感じていた。

ラッキーなことに個人を認識してもらえたという点は相変わらず変わりないのだが、この間声をかけてきた人間とは別の人間からメールが届いたことがきっかけであった。内容はあたかも私が初めから対話を望んでいたが叶わなかったかのような書き方のメールで、もちろん私は何の約束も希望もしていないため、その時点で首をかしげていた。そして仕事終わりに本社まで来いという。どうせ帰り道なので構いやしないが、用件がわからない。おそらく「話がある」ということだとは思ったが具体的な内容まではさすがに絞り切れない。プラスして相手のメールの書き方からすでに私はげんなりしていたので、これ以上メールでのやり取りしたくなかった。行けば用件伝えてくるだろうと安易に約束をしたのだが、思えばこの時点できけばよかったと今更ながら思う。早い話が用件を伝えられなかったのである。そればかりか会うなり始まる相手からの「忙しいし大変なんです」話。この間もそうだったが、挨拶ついでに苦労話をするのが流行っているのだろうか、もしくは習わしなんだろうか。だとすればかなり独特。何の時間なんだと内心困惑しながら聞いているとここで上長が登場してきた。苦労話を聞くよりはまあいいだろうあと用件はいったい……と思い今度は上長との初対面であったのだけれど、これが本当に駄目だった。かなり省くが簡単に言えば「求めてもいないアドバイスを上から目線で与えられ続ける」+「部下本当にがんばってるんです話」であった。あくまで「私からすれば」という注釈が入るのだけれど、とはいえ、で、ある。とはいえ、そうとしか思えない話を漫談家のごとく語られる、そしてこいつも、失礼、またしても用件は言わない。用件もわからないまま上から目線で求めてもいないアドバイスを与えられ続け、部下が頑張っている話をきかされ、一通り上長が話終わった後「何か質問ある?」と言われたところでもはや頭に血が上り考え事など一切できない状態まできていた。アドバイスの内容も私からすれば意味不明。「うちの部署で働くとなると、やっぱり機嫌が悪くても表には出しちゃいけない。」と深刻そうな顔をしているがそれ別にどこの界隈でも社会人ならそうすべきでは?という話である。その部署ならではでもなんでもない。「お話ありがとうございました。」と脊髄反射的に答えたのは余所行きの私で、ほほ笑むなどしながら言っていたが、心中はとてもじゃないが穏やかではない。が、私は社会人、分別のある人間……と何度も言い聞かせた甲斐あってか、余所行きの私がずいぶんと行儀がよくて助かった。本心は獣である。

翌日冷静になってから、「結局用件がわからなかった(話しぶりから想像するに、具体的な用件はなかったと思う)」と「求めてもいないアドバイスを上から目線で与え続けられた」という二点があまりにも嫌だったのだということを理解し、今ではまぁまぁ落ち着いている。年をまたいだとはいえ二週間経ってないくらいの出来事だ。目が眩むほど頭を沸騰させたのも久しぶりのことで、まぁまぁ落ち着いているだけマシだろう。(って、私なんかはおもっちゃうね)そんなに怒ることだったろうか?とも思ったが、文字にするとずいぶんと失礼なことをされたものだなとも感じるので、まあ、怒りは妥当か、な。そして何より彼らが「親切心」からその行為をしているという点が厄介である。移動してからまさかこんな大変だったとは、思っていたのと違う、そういう点があったら悪いな、と慮り(なにぶん明確に私が移動したい意思表示をしているからなおさら)の行為だっと推測する。話の内容は先述したような内容ではあるが、けして乱暴な物言いではなかった。そのちぐはぐさがまた私の怒りに火をつけたのだけれど。乱暴な物言いであれば「なんだこういう人間か」で済む話である。厄介なのはそうではなく、善意と親切心から生まれた行為であったため、私からすれば「親切の押し売り」以外のなにものでもなかった。それゆえ相手の善意は、私の手元に来る頃には立派な悪意となってどろりとうな垂れている。認知されたことによりこれから一層関わりのできる人間たちからそれをもらったのかと思うと、些か憂鬱な心持ちになる、二〇一九年のスタートである。

二〇一九年のこと

二〇一八年末、クリスマスが過ぎた平日、会社のことでキレ散らしていたこと以外だと茨城までカウントダウンに行った。牛久大仏で毎年カウントダウン花火というファンキーなイベントをやっている、一度行ってみたいといったのは茨城に住んでいる友人で、私も含め五人でいそいそと行く運びとなった。牛久大仏自体名前だけ知っている程度だったが初めて見る大仏は非常に大きく、縮尺がくるっているとしか思えない。そのうえよくみれば大仏が立っている公園の周りはかなり広い墓場で、端的に言うと墓場のど真ん中で大々的に花火を打ち上げるというイベントだった。図らずとも真夜中、スマホが寒さで悲鳴を上げる気温、墓場のど真ん中で花火を見上げるという稀有な体験をすることとなった年末。想定外の混みように戸惑いながらも、なかなか楽しかった。そのままうだうだと友人宅で過ごし、帰宅後は休みの終わりまで存分に、ほとんど家にこもりきりの正月を堪能した。何をしていたのか思い出せないくらいには、特別何もしていなかったと思う。とはいえ、何かしたいことがあったわけではないのだけれど。

キレ散らかした話はまた後日。本年もこの調子ではありますが、宜しくお願い致します。

ラッキーのこと

本社に行った際、私が希望する部署で働いている人が声をかけてくれた。なぜ私の顔を知っているか不思議であったのだが(きちんとした挨拶など交していない)、私が希望していることを向こうはすでに知っており、それからの声かけであった。ちょうどその時天井の高い本社の受付前、ガラスとその向こうの景色が美しくて「後でここを絵に描こうか」と思い今まさにスマホを構えんとしていたタイミングだったため、私は一方的に気まずかった。

声をかけていただいた理由は単純で、どうやら、その部署に自ら希望を出す人間が珍しいようで、気になったらしい。ダダ漏れの情報。予期せぬ声かけ。油断丸出しだったため、どうして希望しているんですか?という問いかけにいささか戸惑った。まさか本音を言うわけにもいかず(相手の出方がわからないので、ジョーカーは切れない)、「前職でそういったことに従事していたので興味がありまして……」とそれっぽいことを告げ事なきを得た。そして相手からポツリポツリと漏らされる不満。忙しいんですね、と、素直に思った。そして結構、ストレスたまっているんですね、と。というか逆になぜその部署に?という私からの問いに「部長に声をかけていただいて……」という答えをもらい、なるほどねと納得。さらには「もしかしたら理想の仕事ではないと思うのですが……」という気遣い百%のセリフまで頂いた。この人はずいぶん人がいいらしい。生憎「理想の仕事」というものは世の中に存在しないと思っているので、別にその仕事が私の理想の仕事だとは思っていない。強いて言うならば理想の仕事は「日がな一日猫を眺めるだけ」という仕事である。それで年収一千万くれるならホイホイ勤めるだろうが、知っている限りそんな仕事はない。働く際に心に持っているお守りといえば「どこへ行っても様子が違う地獄論」だ、だいたいはそれで事なきを済ませてきている。なにせ地獄ならば八大まであり、その周りには十六もの地獄があるらしい。まったく、浄土は三つしかないというのに、だ。

話がそれたが、今後のプランにおいて私が欲するスキルを磨くためには、その部署が一番適切だからという理由で希望している。それをまだ言うつもりは毛頭ないし、ほかの理由はもっと失礼極まりないので伝えるわけにはいかない。話を聞いていてまるで違う観点だということがわかり、また人の良さに戸惑ったが、しかし声をかけて私個人を認識していただけたなら僥倖。ラッキーである。チャンスチャンス。ここで私がすべきは「私はあなたのよき隣人ですよ」という態度を示し続けることである。それになにも今すぐでなければ死ぬというわけでもない、幸い今の状況は悪くないし、何事もタイミングだ。チャンスがあれば乗っかる。そのチャンスを呼ぶために行動する。段取り段取り。

ひとしきり話を聞き終わった後お時間割いて頂きありがとうございました、また次の機会に……と笑って別れた。打算と野心が服を着てほほ笑む姿は、さぞ不気味であろう。

最近のこと十四

営業から「このたび先輩とのチーム営業が終わり、独り立ちすることになりました。以前より自由が利きます!」と報告され眩暈がした。メールを入れるという文化を知っているかどうかも危うい営業が独り立ち。報告されたとき座っていてよかった。立っていたら倒れこんでいた。何がこれ以上自由だというのだろうか。今でも十二分に自由だというのに。

 穏やかに毎日過ごしてはいる。仕事もコンスタントにあるが、その仕事内容はおおむね「単なる時間の無駄」と呼んでも差し支えない会議の上に成り立っている。私はその会議には参加しないのだが、ある時は昼過ぎから始まり終電間際までしていたと上司から翌日聞かされたときは驚いた。無駄の一夜城。竹中半兵衛会議。しかしながら参加者全員が竹中半兵衛ならもっと早く終わるはずだろう。会議の内容は知っていたのだが、いったいなぜそんなに時間がかかるのか理解ができなかった。何時までに終わらせましょう!という声明は誰も上げなかったのか。疑問ばかりが浮かぶ。長時間何かをしていれば仕事をしたというわけではけしてないのだが、失礼ながら好き好んで誰かしらが長引かせているとしか思えなかった。(仕事内容によるとはいえ、そもそもそれは単なる会議なわけで)そのうえその会議から生み出された成果物のなんともわかりにくいこと。ここで頭を悩ませるのは私なのだけれど、その時点ではっきり迷惑という感情がわく。めちゃくちゃ迷惑。対策を考えなければならない。