精神のこと

メンタルが強いだとか、心が広いだとか、そんなことを言われる。

メンタルが強い、とは思わないが弱いほうではないのでまあまあ理解できるが、心が広いに至っては勘違いである。

性格でいえば心はめちゃくちゃに狭いし、ものすごくキレやすい。

が、そんな抜き身の刀状態で生きていくなど辛い以外ないので、一生懸命に、「許す」「諦め」「期待しない」という術を身に着けようと訓練している。

 

さんざん考えた結果、自分にとって一番生きやすい世界とは「自分以外の人間が滅んだ世界」という答えを持っているのだが、現実がSFでもない限り、それは不可能な理想だと知っている。

だとしても!などと理想のために奮起はしない、理由は単純に、本当にめんどくさい。

それと同じように「ドッペルゲンガーでもない限り、自分以外と心からと分かり合うのは無理」とも思っている。

つまり「他人とは分かり合えないし、滅ぼすのも不可能」という考えが根底にある。

 

滅ぼすのが不可能なので、共存していくしかない。

そこで、「許す」「諦め」「期待しない」という術が役に立つ。

分かり合えないけれど、許容できる。あなたが何言ってるか理解できないけれどまぁそういう考えなんですね。できなくても別にいい、で、済ませるのだ。(これらはけしてネガティブなことではない)

だいたいそういう気持ちでいれば、腹が立つこともぐっと減るということに気が付いてから、習得に必死である。少なくとも「全人類の滅亡」よりは簡単に叶う理想の状態だ。

極端に言えば、周りの人間への興味を失うという事にもつながっていくので、これは心が広いとは、また別次元の話だと思う。

 

しかしそれでもいい、習得できなければ、全人類を滅亡せさえる道を考えなくてはいけないのだ、そんなめんどくさいこと、私はしたくない。

眼鏡のこと

目が悪いほうだ。

具体的に数値などは覚えていないのだが、実感としては「日常生活を営むにはギリつらい」くらいの悪さである。

個人的には「見えなくて困るときに眼鏡をかけたい」スタンスなので、常に眼鏡をかけているわけではなく、とくに困ることがない時は裸眼で過ごしている。

それでもまあ仕事中はもちろん見えていないと困るので、仕事場では常に眼鏡なのだけれど。

 

「見えなくて困るときに眼鏡をかけたい」スタンスに付随して「そもそもあんまりちゃんと周りを認識したくない」という、「人の話し声を聞きたくないから音楽を聴いている」に通じる積極的に後ろ向きな理由もある。

取り立ててこれだから嫌だという明確な話はないのだけれど、なんとなく視界がぼんやりとしているほうが、私の美的感覚からすると良い、と思う、心底感覚の話にはなるが。(だいたいの人が美男美女にみえるしね)

 

そのわりにはきちんと家用、仕事用、オシャレ用で眼鏡を持っていたりするけど。

見た目のこと

人生の中で一番受けている質問は「アパレルの人ですか?」だと思う。

理由は間違いなく見た目だと思うのだが、私はよほど見た目が「アパレルの人」のようだ。

 

話は逸れるが、会社の女性がナンパに遭ったらしい。彼女とは親しくもなく、なんだったらこの話も彼女が大声で話していたから聞こえてしまっただけなのだが(けっこう迷惑)、かなりしつこくホテルへ促されたようだった。

その時は気にしていなかったが、後日彼女の私服をみる機会があり、その時納得した、露出が激しいのだ、ビビるくらいに。

そりゃあ…ホテルへ促されるんじゃあ、ないかなあ…と、しっくりきた、つまり「ホテルへ誘っても大丈夫な人」にみられたのだろう。

ナンパ云々の話の際「そういう人多くて迷惑」と言っていたが、ぜひ彼女と親しい人たちは「見た目の問題」だと指摘してあげてほしい、露出をぐっとおさえるだけで、だいぶかわるんじゃなかろうか。

 

私はとくに「アパレルの人」(そもそもなんだ?と思っていたが、どうやらショップ店員のことらしい)にみられて迷惑だったことがないのだが、ショップ店員だった事など一度もないので「違います」か「よく言われます」からの話題の発展が私には難しい。

 

見た目がよほど「アパレルの人」でも、中身はかなりかけ離れたところにいるので、できればあまり、この質問は受けたくないなあと、ひっそり思っている。

バレンタインのこと

今週のお題「バレンタインデー」

 

義理チョコ、友チョコ、という概念がないため、私の中で「バレンタインチョコ=本命」である。

 

ここ数年バレンタインと無縁の生活をしていたので、去年など「ただ単に忙しい日」でしかなかった。

あとは妹からメリーチョコレートが発売している星の王子様(私の好きな作品の一つだ)モチーフのチョコをもらった記憶はある。

アソートチョコの中の一つ「ウワバミに飲まれたゾウ」のチョコを食べる私という食物連鎖がみたいというエキセントリックな理由からだったが、彼女の前で平らげてみせ、お返しにsnidelのポーチを贈った。

その前はたしかFOUCHER OLYMPUS(フーシェ オリンポス)の惑星チョコ。

私が宇宙をこよなく愛していることと、「惑星を食べる姿がみたい」という謎の衝動から贈られたチョコだった。(可能性として、彼女は私と破壊神の区別がついていないのではないだろうか)

 

そして幸か不幸か、今年は縁あって「本命」がいる。

すでに「君にバレンタインを渡しますよ」と事前告知までして。

仕事の都合で当日以降に渡すのだが、なにぶん数年ぶりくらいのバレンタインというイベントである。前回なにを渡したかなどすっかり忘れている。

そのうえチョコに明るくない、どこのものを渡したらいいのかさっぱりだ。

なので、いわゆる「ブランドチョコ」を渡せば、少なくとも「おいしくない」なんてことはないだろう、という考えに至った。値段に関して言えば相場がわからないので法外でなければ…という程度。

その中でも、箱が上品でかわいすぎず、紙箱なのが好ましい。(缶の箱自体、私はもらったら困るからだ、始末に)

そんなことを考えながら、バレンタイン特集の記事などを読んでいる。

気になったものはサイトまで飛び、チョコの詳細を突き止めているのだが、ジャンドューヤってなんだよ……魔人みたいな名前しやがって…などと、ミルク、ビター、ホワイト、でチョコ界の時が止まっている私にはやや難しい。チョコ界でいうなら私は石器時代で止まっているんじゃなかろうか。

かといって作るという選択肢はないため(料理はするが、お菓子作りはしない)、さらには渡すと言ってしまった自ら引いた背水の陣のため、辛抱強く記事を目で追う毎日である。

春のこと

気分はもうすっかり春である。

一月の下旬に東京で珍しく積雪し、自宅の前で雪だるまを作り満足げにしていた記憶も遠い昔のような気持ちだ。

 

もともと厚着するのが苦手で、ここ最近の気温もさほど低くないから大丈夫と判断し、コートの中はすっかり薄着になった。

それに加えて一月の鬱屈した気持ちを忘れよう!と、髪も整えた。

若干先走りすぎて通勤時間はたまに寒いが、気持ちはもう春に進んでいるため後戻りするものなんだか受け入れがたい、だいたい仕事場は室内で暖房もあるんだから、暖かいしね。

貯金のこと

お題「貯金の方法」

「出勤したら貯金」を、している。

その名の通り、出勤したらデスクに置いてある貯金箱にお金を入れるのだ。

 

入れる金額も貯める金額もきっちりと定めていないが、五百円もしくは百円のどちらかのみ入れるとだけ決めている。

財布を開いて、入ってるほうでいい、気持ち的にはそれくらいのゆるさで先月からはじめてみた。

 

きっかけはなんとなく、日常的にお金を貯める習慣を身に着けたらどうだろうかと思い、敷居も低い貯金箱での小銭貯金をやろうと思った。

 

が、自慢ではないがなかなかのめんどくさがり屋なので、習慣づけのため貯金箱で小銭貯金をやろう!と思ったところで、やらない。

とにかくやらない。

このめんどくさがり屋を動かすには、成功に繋がりそうな具体的な案とシステムを提示する必要があった。

そこで思いついたのが「出勤したら貯金」だ。

簡単に考えをまとめると、

 

一 貯金箱は缶タイプ(理由:そもそも開けるのがめんどくさい)

二 置き場所は仕事場のデスク(理由:周りに開ける手段が一切ないため)

三 何かの行動に「貯金」というモーションを追加する(「出勤」+「貯金」)

 

こういう感じである。

「トイレに行ったら手を洗う」みたいなノリで「出勤したら貯金する」というモーションをひも付したみたところ、悪くなかった。

そもそも習慣付けることが目的なので設定金額などの部分を緩くしたのも悪くなかった。

結果としてはまあまあ成功していると思う、少なくとも私のようなめんどくさがり屋には合っているんじゃなかろうか。

 (問題点といえば、出勤するたびに「カシャン」という小銭の音を立てるのが恥ずかしいという事だ、おかげで私はこっそりやっている)

 

ちなみにこの貯金方法を妹に話したところ「ログインボーナス」と命名された。

机上のこと

転職してデスクワークになったため、自分のデスクというものが存在するようになったのだが、性格と癖が相まって、デスク上に置いてあるものの位置が気になって仕方がない。

極端に言えばモニターの位置、ファイルスタンドの位置、カレンダーの位置、ペン立ての位置、電卓の位置、それらなどなど、それらがすべて、座っている私から見通せて、物と物との間の幅も含めてベストなポジションにないと落ち着かないのだ。

落ち着かないらしく、目に入った際無意識に直している。ということに、この間気が付いて、妙に納得した。

まぁまぁ性格もあるのだけれど、物の配置に命を懸けて励む仕事をしていただけあって、癖が抜けていないのも大きい。

とにかく何もかもを美しいバランスで物を置きたがる。

おかげさまで私のデスク上は、一つでも位置がズレるとバランスがおかしくなる、絵画のような均衡を保っているのだけれど。

このバランスは美しいなあ……と一人ため息をつきながら、今日もデスクに向かっている。